最近読了した本のレビュー

つい今しがた読み切ったのでね。

鈴木康之「名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方」日経ビジネス人文庫

(コピーの紹介として)
文章は書くものではない
読んでもらうものである

(前略)フランスの詩人アンドレ・ブルトンがニューヨークに住んでいたとき、いつも通る街角に黒メガネの物乞いがいて、首に下げた札には
   私は目が見えません
と書いてありました。彼の前には施し用のアルミのお椀が置いてあるのですが、通行人はみんな素通り、お椀にコインはいつもほとんど入っていません。ある日、ブルトンはその下げ札の言葉を変えてみたらどうか、と話しかけました。物乞いは「旦那のご随意に」。ブルトンは新しい言葉を書きました。
 それからというもの、お椀にコインの雨が降りそそぎ、通行人たちは同情の言葉をかけていくようになりました。物乞いにもコインの音や優しい声が聞こえます。数日後、物乞いは「旦那、なんと書いてくださったのですか」。
 下げ札にはこう書いてあったそうです。
   春はまもなくやってきます。
   でも、私はそれを見ることができません。
 誰が見てもうらぶれた物乞いです。黒メガネをかけているのだから盲人であることも分かります。「私は目が見えません」は言葉の意味をなしてないのです。
 アンドレ・ブルトンの言葉の方には、訴えるものがあり、憐みを乞う力があり、人に行動を促す力、もっとえげつなく言えば集金能力がありました。目的はそれだったのです。読んでもらって、施しの気持ちを起こさせ、施しをいただくこと。
 目的を果たしてこそ、言葉です。

(pp12-13 ちょっと長い抜粋ですが、この本のつかみなので各方面の方々には是非ご容赦いただきたい)


文書はまず第一に、読む人のためのもの。そして読んでもらって、目的を果たしてはじめてやっとあなたのためのものになるのです。その順番がだいじです。(p17)


(同じクリエイティブな仕事でも、広告コピーライターは画家や作曲家とは違って、広告主の課す制約があるということについて)「無からの創造」に対して、私はこのことを「有の発見」と呼んでいます。あるはずのよりよい表現を探し出す、それがコピーライティングでありデザインの仕事だと思っています。コピー表現に限りません。人に役立つような、人に面白いと思ってもらえるような優れた実用分は、書き手がひねり出して書くものではなく、見つけ出すものだと思います。(pp24-25)


(ヴェッキオ宮の絵隠しの話の後に。ヴェッキオ宮の絵隠しのお話は本書なりネットでなりでお調べください)
 読んでもらいたい話が見つかったら、こんどはそれを表現する言葉探し、文章探しです。ひょっとしたら、あるいは多分、言葉探し、文章探しは簡単ではないかも知れません。あなたは天才ではないでしょうから。
 でも新しい言葉を作り出そうというのではありません。すでにあなたのまわりにある言葉の中から見つけ出すだけの作業です。もし見つからないようなら辞書や辞典を開いてごらんなさい。(中略)簡単には満足しないでください。天才ではなくて、あなたは努力家なのですから。もっと探せばもっといい言葉が見つかります。(pp27-28)


(価格を伝えるときに)金銭的なおトク情報にはこうした説明の言葉を忘れてはいけません。読む人の納得や安心が得られて効果が現れます。(pp33-34)


(朝倉勇+阿久沢忠仁「メガネは、涙をながせません。」金鳳堂 1978 のキャッチフレーズについて)
 昔この広告に出会って勉強させてもらった頃、じつは一つ疑問をもちました。キャッチフレーズの「ながせません」はなぜ「流せません」ではないのだろうか、と。ボディコピーの一行目では漢字を使っています。不統一です。
 日本の文字は、意味であり、形であるのです。文字によっては「絵」であるのです。そこが紙メディアでの文章の絶妙。ラジオやテレビでの言葉と大いに違う表現力をもっています。
   メガネは、涙をながせません。
の中には、カタカナ三文字の「絵」と漢字一文字の「絵」があります。じーっと見ているとどちらも美しい絵です。この広告では主役と脇役の二人です。立てたい二人です。「ながす」を漢字にすると、漢字の脇役が二人になってしまいます。ここは漢字は「涙」一人だけにしておきたい。
 このキャッチフレーズは、カタカナ三文字と漢字一文字とひらがなの列と三つの「絵」と、句読点が加えられて構成されています。句点だけでなく読点も加えて、文章としての格調を完成させています。という読み方はうがち過ぎるでしょうか。(p55)


(本来「肩が張る」という表現だったものを、夏目漱石が「肩が凝る」とより的確に体感表現をしたのを取り上げた一方で、あわせて頭脳で感じることの表現を取り上げて)
 私が気にくわない例を一つ。「地球温暖化」です。Global Warmingの邦訳らしいのですが、日本人の自然感覚をまったく知らない人の訳語だと思います。日本人にとっては温も暖も温暖も、なにか嬉しい漢字の文字であり言葉であります。嫌だ、困ったという感じはありません。しかし「地球温暖化」とは、アル・ゴアさんのキャンペーンがA Global Warmingであるように、緊急警告的な意味をもって叫ばれなければならない言葉です。「温暖化」などというのごかな響きの言葉であってはいけません。気持ちがこもっていません。私の基準でいうと、これは明らかにコミュニケーション上、誤訳です。
 コピーライターに訳語を頼んでくれたら、もっと気持ちをこめて「地球過熱化」「地表高温化」など、恐ろしさと緊迫感の感じられる日本語を提案したでしょう。(pp62-63)


(読ませたい長文をいかにして読ませるか。前田知巳「セックスのことは相談しづらい。」日本医師会 2006 のブロックコピーを例にとって)
 そこで用心深い工夫が必要になります。頭の6+1行のあとの6行(原文では)が小さな文字になっています。なぜでしょうか。後の6行を大きい文字のままにした場合を想像してみてください。そうした場合と比較してください。6+1+6+1行、全部で14行。とても気になる内容ですが、決して短い文章ではありません。読み終えるのに多分1分近くかかります。今日の人間にとって読む1分はかなり長い時間、集中力のいる作業です。ですから、1行の文字数が多い14行もの文字の塊は読もうとする人の目に重く映ります。あとの6行の文字を小さくしたために、ボリュームが少なく見えます。軽く感じられます。あとの6行はとばしてもいいのかな、6+1+1行だけでもいいかな、と思わせます。
 これは、読まれなくならないという送り手の用心であり、読み手へのサービス精神でもあります。もちろん前田さんには、前半の6+1行まで読んでもらえればそのあとの6行を読んでもらえる自信はあります。しかし、自信と過信とは別です。(pp135-136)


 困ったとときは基本に戻れ。迷ったときは原点回帰。これがいつのころからか、頭脳の明晰さに自信のない私の処世術。このときも、私はそこに答えを探しました。(p185)


(最高級を説明する高等技術を、角田誠「美艇のごとく」伊勢丹 2008 の間接的な表現技法を例として)
(前略)商品広告ですから、角田さんがこの広告で書かなければならなかったのは、小見出しにあるとおり「幻覚と洗練」の作りと品質です。この次元の高級品を浮かんでくる言葉で説明しようとするおのれ知らずのコピーライターが大勢います。「名品」「最高」「至芸」「歴史が生んだ」「神が賜れた」なんだかんだと。広告の常套文句を百語積み重ねても無理です。おやめなさい。名品は、どんな言葉の形容より勝るから名品なのです。(pp225-226)


以上、改行はあえて原文ママで、漢数字は一部算用数字に書き直しています

名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 (日経ビジネス文庫)

名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方 (日経ビジネス文庫)